一志に努め
やはり私の居場所はどこにもないらしい。
あくまで孤独を好めという。
ならば教えてほしいのだ。
狂愚はどこにある?
暁に祈る
死に場所を探して無謀にも故郷を去ってもうすぐ十年だろうか?
もう十年過ぎたのだろうか?
結局無謀な賭けには敗れて、私は人生を棒に振ったのだと思う。
真っ当に生きていれば、今頃スーツでも着て新宿の喧騒に何かを問いかけていただろうか?
残念ながら想像がつかない。
あの日から十年過ぎたのだろうか?
この十年で私は多くを学んだように思う。
その代償で多くを失ったようにも思う。
失ったものを取り戻そうと試みたが、どうやら無理らしい。
私自身が別人になってしまった。
しかし、これで良いのだ。
こうでもしなければ、訳も無く自害していたに違いない。
自決の道は開けた。
この試みは決して無謀ではない。この試みに身を投じよう。
人生なんてスペキュレーションなのだ。
幸せな結末なんぞ期待していない。
最後まで敢闘するのみだ。
書きたい事も無く
書きたい事も無く。
古い人は狂愚に努めよと言う。
ある人は成功の鍵はシンプルにあると言った。
寄り道をして半年が経とうとしている。
棒に振られた人生はあるべき場所を探している様だ。
されど場所は無く、最期はやはり独りか。
安息に疑問を抱く。
抱きたい答えも無く。
安息の日々
私には目指すべき場所があった。
誰かに干渉する事は無く、誰にも干渉される事の無い場所だ。
今でも時々戸惑う事はあるが古い友人曰く、私はこうするしか無いようで私自身もそれを認めざるを得ない状態にある。
祝福と呪詛は表裏一体などと言う。
どこで私はそれを信じ、どこでそれは私を受け入れたのか。
遂に一路を奔騰するとき、私は何を見るのか。
今、私は何を見ているのか。
幸きくと許り
やるべき事は山積みで、その癖時間は無い。
それに矛盾するかのように、やりたい事だけが増えて行く。
youtubeに訳の分らない動画がオススメに上がってきた。
映画の舞台挨拶だろうか、俳優がその映画の撮影の中で性行為を強要されたことを暴露し、監督を糾弾しているものだった。
スタッフの男、右端で胡坐をかいてヤレヤレな雰囲気を醸し出しながらニヤついている男が非常に不快であった。
中学校や高校で先生が怒っていて静まる教室の中、どういうつもりかヘラヘラしている奴を見たことはないか?基本陽気な奴だが、その陽気さを場を弁えず常に垂れ流しているような奴だ。遅くとも日本社会に触れる歳になれば、自ずと隠さねばならぬ恥ずかしい事だと理解すると思うのだが、中には知恵遅れもいるらしく大人になってもそれを平然とやってのける連中はいるようだ。
関係ないが大変不快なので触れておく。
監督は俳優の問いには明確に答えず、保身に走っているように見えた。
この場ではなく裏で話そうと必死になっていた。
俳優は真逆で、白黒はっきり付けようとしていた。とても堂々としていた。
その動画のコメント欄もそうであったように、誰が悪人かは明白であった。
私もそう思う。
世の中には自分のその場限りの力を振りかざし、さも自分が王様にでもなったかの様な振る舞いをする人がいる。
自身が面白いと思う作品を創る為ならば、平気で人の尊厳を踏み躙るバカ映画監督。
あるいは名前負け零細企業の、公衆便所にいるときですら威張り散らすアホ管理職。
あるいは無謀な作戦を強行し、多くの命を捨て駒にしたボンクラ将校。
こいつらは自分の権限でいつでもやりたい放題だ。
かつて友人だった人、今は女優を目指し奮闘している人。
かつて友人だった人、私のくだらない遊びに付き合ってくれた人。
かつて友人だった人、私に束の間の優しさをくれた人。
彼等が悪人共と出会わない事をただただ祈るばかりです。
私が思うのはつまりそれだけです。
結局のところ
結局のところ、今はそれを手にしているヒマなどないということが解ったようです。
驕奢に流れ軽薄に 奔るは兵の弱きもと 常に質素を旨として 慾と華美とに遠ざかれ
という話さ。